終焉に向かって

腰から20cmくらいはみ出したオーバーサイズの上着のポケットから手を出して、僕は綺麗な半円を描くように手を振って歩いた。僕が今日どんな夢の世界を渡っていたのか分かるはずもない。でも何だか透明な風景が目に入った。雲一つない青天の先に見えないはずの月の表面が見えるかのようだった。いつも通るそのコンクリートで出来た歩道は息をしていた。まるでそこに人がスヤスヤと眠っているかのような。地球は僕の手の振りに合わせて呼吸していた。脈々とした静か鼓動が僕の足を撫でた。隣で歩く先輩の足音が聞こえなかった。横にいるのかいないのか。僕は周りが透明なヴェールに包まれているのだと知る。街の建物たちによって縦に割かれた空から、狭い路地を抜けると、普段と変わらない大きな幹線道路が目に入る。僕は部屋の鍵を閉めたその瞬間より初めて、ここで息を吸った。

 

息を吸ってもその味は未確認なもので、僕は煩雑な息の吸い方をしていたのかもしれないと、それは本当かと確かめるように地面の割れ目を見ながら転ばないように歩いた。隣の先輩が、萌え袖どころか手が袖から見えないくらいの大きなサイズを着た先輩が、人が鳥の真似をする時のようにパタパタ動かしている様を見た。人の足によって何回も踏まれた灰色の歩道から、タンポポが力強く芽を見せたりしてはいないかと木の足元を見た。信号機に差し掛かる。日向から日陰に変わる瞬間を、僕は曖昧に捉えていたんだな。

 

かき混ぜられたコーンスープの渦の中、僕らは漂った。コーンは僕らと違う速度で円を描くように存在しており、僕らはそれを通り過ぎていく車のナンバーを確認するように認めていた。コーンは僕らと合わないと知ると渦から鉛直に、コポコポと音を立てながら飛び出していく。気付けば僕らは、服屋さんの外にいた。ぬるりと風が僕らを撫でる。ほのかに冷たかった。胸の中に残るコーンスープの味はゆらゆらと血に注がれ心に温もりを泳がせていたが、次第に溶かされなくなっていく(魚の骨は僕らを滅ぼす可能性を孕んでいるということを僕らは再確認しなければならない)。同じ世界のはずなのに、家を出てからのあの瞬間の集まりに存在していた世界の透明感はなくなっていた。変わりに死体と、その灰が残っていた。コンクリートはもう灰だらけだった。今思えば死体は見当たらなかったが、もう見上げることのない空からぶら下がっていたんじゃなかろうか、そう錯覚していたような気がしなくもない。

 

  〇

床に転がったいくつもの真っ白い人差し指が僕を見つめる。青い血が人形の首から垂れ落ちる。両眼の底から涙が溢れてきた。押し寄せる終焉の幕に向かって、僕はこの手で世界を切り取らなければならないのだと知る。